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名古屋地方裁判所 昭和23年(行)14号 判決 1949年2月18日

原告

小林〓

被告

愛知縣農地委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

被告は愛知縣碧海郡六ツ美村農地委員会が昭和二十三年八月七日附、愛知縣碧海郡六ツ美村大字赤澁字下鄕中十一番宅地百五十七坪に付樹てた買收計画に対する異議申立却下決定に対し原告の申立てたる訴願は相立たずとの裁決は之を取消す、訴訟費用は被告の負担とす。

事実

原告訴訟代理人は、其の請求原因として原告は大正五年以降其所有に係る愛知縣碧海郡六つ美村大字赤澁字下鄕中十一番宅地百五十七坪を訴外本田吉太郞に賃貸していたが昭和十四年四月十七日其明渡を請求した結果原告より明渡の請求をしたときは其時より一ケ年以内に明渡をなすべき旨の示談が成立した。其後原告は其明渡を請求し右猶予期間を経過したが右本田吉太郞は明渡してくれないので原告より岡崎簡易裁判所に調停の申立をなしたところ本田吉太郞の長男訴外本田賢吉より自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第五條に基き本件宅地を政府において買收すべき旨の申請をしたから愛知縣碧海郡六ツ美村農地委員会は之を相当と認めて右宅地の買收計画を樹てた、そこで原告は之に対し昭和二十三年六月十七日異議の申立をしたけれども同月二十四日右異議申立は却下せられたので更に同年七月五日被告に対し訴願したが被告は同年八月七日附で訴願却下の裁決をなし裁決書は同月十五日原告に送達せられた。

併し乍ら右買收手続には左記の理由によつて違法であり取消さるべきものである。

(一)  自創法による宅地の買收は同法第十五條第一項第二号によらねばならないが之によれば同法第三條の規定により買收する農地又は第十六條第一項の命令で定める農地に就き自作農となるべき者が買收の対象となつている宅地に賃借権、使用貸借による権利若しくは地上権を有することを必要とするのであるが本件宅地の買收申請人は賃借人たる本田吉太郞ではなくて本田賢吉である、從つて本件宅地の買收は違法である。

(二)  訴外六ツ美村農地委員会は買收計画の公告買收計画の所定の書類の縱覧等の手続をしていない。之は自創法第十五條第二項第六條第五項に違反する。

(三)  仮りに右買收手続が違法でないとしても本件宅地は其買收計画樹立前たる昭和二十三年三月二十日に原告から訴外正田秀子に贈與され同年四月二十二日移轉登記も済ませたのであるが其の後に至り所有者でない原告を所有者として之に対し買收計画がなされたものである。

之は自創法第六條第五項第一号が縱覧書類中に所有者を記載すべきものとし所有者を表示すべきことを規定していることに違反する。

(四)  本件宅地の賃貸借契約の内容は原告と賃借人本田吉太郞間に解約の申入後一年以内に明渡す約旨のもので一時使用の目的を以てなされたものであるが原告は昭和十八年十二月三十一日に右賃借人に賃貸借の解約宅地の明渡を申入れをしたから昭和二十年一月一日以降右賃借人は本件宅地の不法占有者である。然るところ当時は戰い酣の時代であつたので原告は強硬なる請求は遠慮していたが終戰となつたので原告は再三宅地明渡の請求をしたが右本田吉太郞は容易に之に應せず結局其の息子賢吉をして本件宅地買收の申請をなさしめたものであつて、かかる不法占有者の申請により本件宅地の買收計画が行はれるものとすればそれは明かに不当である。

因つて被告のなしたる裁決の取消を求めるため本訴に及ぶと述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め答弁として本件土地がもと原告の所有なりしこと、本件土地に付原告主張の日時其主張の如き買收の申請、買收計画の樹立、異議申立、之に対する却下決定、訴願、訴願に対する却下裁決、並びに裁決書の送達がなされたことは何れも認める。又原告が本件土地を原告主張の日時訴外正田秀子に贈與し且つ其所有権移轉登記手続が済んだことは之を認めるから、原告はもはや本訴請求をなすべき法律上の利益を失つたものと謂うの外はない其他の事実は之を爭う。

仮りに原告が本訴請求に付権利保護の利盛があるとしても、原告の主張は左記の如く夫々理由がない。

(一)  本件宅地の賃借人は当初は訴外本田吉太郞であり借地上には農業用の設備の備つた建物を所有していたが老令の故に同一世帶に属する其子賢吉が十数年來其世帶を主宰しているのであつて、本件宅地の借地権に付ても專ら右賢吉が賃料の支拂其他一切の処理を行い原告も之を認めて何等の異議を唱えなかつたのであつた。日本における農業経営が世帶を單位として行はれている実情に即して考えるならば右借地権は吉太郞が世帶の主宰者ではなくなり賢吉が主宰するに至つたと同時に吉太郞から賢吉に承継せられたものと看るのを至当とする。

而して訴外本田賢吉は自創法第三條の規定によつて政府の買收する農地に就き自作農となるべき者であり同人が將來に向つて自作農として農業経営を継続するためには本件土地を必要とすることは自ら明かである。從つて右賢吉を賃借人として行つた本件土地買收計画は違法ではない。

(二)  本件買收計画は昭和二十三年六月七日公告せられ且同日から十日間何人も閲覧し得るよう六ツ美村農地委員会の事務所に所定の書類が備付けられたのであるから本件土地買收計画の公告縱覧が現実に行はれていないという原告の主張は失当である。

(三)  原告主張の(三)に付ては六ツ美村農地委員会としては個々の土地に付て一々登記簿と対照して現所有者が登記簿上何人であるかを確かめる遑なく便宜上土地台帳を基本として買收計画を行つたのであつてこれ全く已むを得ない措置というべきである。同委員会は買收計画樹立後此の所有権移轉の事実を発見したので買收手続の書類を訂正したのである。

(四)  本件宅地の借地契約が昭和十四年四月十七日更新せられたことは爭はないが一時的使用の目的に改められたものではない。新契約の文面に賃貸人から明渡の申入あるときはその日より一ケ年以内に賃借人に於て明渡す旨の記載があつても、かかる借地権者に不利な條件は之を定めなかつたものと看做さるべきものである。仮りに借地権者に不利な右の條件が有効だとしても原告が昭和十八年十二月三十一日解約の申入をなした事はない。仮りに右解約申入があり昭和二十年一月一日から借地権が消滅したとしても借地権者の土地使用の継続に対して原告主張の如く当時戰い酣の時代であつたので強硬な請求は遠慮していた事は其主張自体異議を述べなかつたものであること明瞭で從つて本件土地の借地権は前契約と同一の條件を以て更に原告の承継人正田秀子と前記本田吉太郞の承継人本田賢吉との間に設定せられたものと看るきべものであるよつて原告の主張は凡て失当であると述べ、本件宅地に付てはもと所有者たりし原告に対し買收計画をなしたけれども其後登記簿上正田秀子に所有名簿が変更せられていることを知り訴願に対する裁決後直ちに其名儀を変更したのであると附陳した。(立証省略)

理由

先ず本件につき原告が当事者たるの適格をもつているかどうかの点を考えてみるに本訴請求原因は訴外愛知縣碧海郡六ツ美村農地委員会が昭和二十三年八月七日附で愛知縣碧郡海六ツ美村大字赤澁字下鄕中十一番宅地百五十七坪に就て樹てた買收計画に対し原告は異議を申立てたが同委員会は該異議申立を却下した。そこで原告は被告愛知縣農地委員会に対し訴願をなしたところ被告農地委員会は該訴願は相立たずと裁決した。しかしながら右買收手続には違法且つ不当な点があるから右裁決の取消を求むというにあることは原告の主張事実に徴し明なところである。したがつて本訴は被告愛知縣農地委員会なる行政廳の違法な処分の取消を求める訴であるといわねばならない。そうであるとすれば右訴訟の原告は行政処分によつて権利を侵害せられたものであることを必要とする。しかるに前記買收の対象となつた宅地が買收計画の樹立前である昭和二十三年三月二十日に既に所有者であつた原告から訴外正田秀子に贈與せられ同年四月二十二日に之が所有権移轉登記手続が履践せられていたことは当事者間に爭がないところであるから原告は前記行政処分によつて毫も権利を侵害せられたものでない。権利を侵害せられたものは正に訴外正田秀子であるといわねばならない。所有者でない原告が本訴を提起することを許容する根拠を何処にも発見することができないから結局原告は本件訴訟の当事者たる適格を欠くものといわねばならない仍て本訴請求は爾余の爭点について判断するまでもなく既に此点に於て失当であるから之を却下し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。

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